東京から和歌山へ 生きがい重視の暮らしへシフト
目次
—ご夫婦で和歌山県に移住されて8年目だそうです。今のお仕事についてお聞かせください
仕事は通勤とリモートで
現在、キャリアコンサルタントとして和歌山県の「移住定住支援センター」から委託を受け、移住希望の方の就業やライフプランの相談にのっています。また、同じく和歌山県の「就職支援センター」でのお仕事もしています。
リモートワークの日もありますが、週の半分は大阪や和歌山市のオフィスに出向き、対面での相談も担当しています。大阪のオフィスまでは車と電車で約1時間半ほど。程よい距離感で、通勤時間が気分転換にもなっています。
そのほかに、仲間と立ち上げた「おいけファーム」という合同会社で、耕作放棄地の再生に取り組んだり、地元の果物や野菜、加工品を販売する活動もしています。
当初は赤字にならなければ大丈夫という感覚で取り組んでいましたが、最近は少し収益が上がってきたこともあり、より求められる商品について考えるなど、マーケティングの重要性や、戦略的に販売計画を練る楽しさにも目覚めてきました。これから、少しずつ収益を上げる方向に舵を切って行けたらと考えているところです。

—移住前はどのようなお仕事をされてきましたか?
教育に関わる仕事に興味
もともとは、名古屋で文部科学省の職員として大学に勤務していました。6年ほど勤めたところで結婚したのですが、夫が東京へ転勤になったため退職し、一緒に引っ越すことにしたんです。
公務員の職を辞めてしまうのはもったいないと言われることもありますが、私自身は違う仕事も経験してみたいという気持ちがあったので、特に抵抗はありませんでした。
大学では教育学を修め、文部科学省に入った理由も、教育に関わる仕事がしたいと考えてのことです。東京に出たのを機に、子どもたちがいる現場で働きたいという思いが強くなり、まずは学習塾の講師の職に就きました。塾の仕事は、子どもたちに教えることはもちろん、アルバイトの学生たちとの交流も楽しかったですね。それまで公務員として教育に関わってきた身としては、また違った視点から現場を見ることができ、多くの気づきを得たことも貴重な経験です。
約10年間東京で暮らした中では、塾講師のほかに私立大学の職員として仕事をしたことも。その間、教育の延長でキャリアについても興味を持ち、キャリアコンサルタントの国家資格も取得しました。和歌山に移住した今は、その資格を活かした仕事に就いています。
—地方で暮らしたいという思いは、いつ頃からお持ちでしたか?
人生観が変わったバリ島での体験
20代の頃、夫と一緒にインドネシアのバリ島へ旅行したのですが、そこで現地の人々の暮らしに触れたことが、一つのきっかけになったように思います。
当時、夫の親戚がバリ島に家を持っていまして、そこに泊めていただく形で滞在したので、ツアー旅行とは違い地元の方々と交流する機会が持てたんですね。家の管理をおまかせしている方のご家族や、ご近所の方々の生活を垣間見る中で、彼らの暮らしや価値観が、日本に住む私たちとは大きく違うことを知ったんです。
中には定職につかず、その日暮らしで毎日を過ごす方もいらしたり。それでも、皆さん穏やかで、にこやかで、実に幸せそうでした。
私は、最初に公務員という職業を選んだことからも分かるように、人生においては “安定”を重視し、無難な道を選択するタイプなんです。日本で暮らしていると、それは特別変わった考え方ではないし、それが普通だと思って過ごしていたわけです。
ところが、バリ島では安定した仕事よりも、“家族・親戚との集い”や、“神様への祈り”を大切に暮らす人々がいる。地域によって、社会や文化によってそれぞれ価値観が違い、幸せの形も一通りではないのだと彼らの暮らしを通して気がつき、深く感銘を受けました。
以来、すっかりインドネシアに魅了され、今でも毎年バリ島通いを続けています。
キャリアコンサルタントの仕事では、自分の視点や価値観は一旦外し、相談に来られた方の考え方や価値観に寄り添うことを特に大切にしているのですが、こうした仕事をする上での信条も、旅先で出会った方々との交流が心にあるからかもしれません。

—和歌山への移住を考えたきっかけについて教えてください
気力も体力もある今がチャンス
以前から、将来の暮らしについては夫とよく話していました。二人とも海外旅行が好きなので、海外に移住してみたいねとか、田舎暮らしもいいね、とか。
実は、東京に転勤した後、夫は外資系企業に転職したのですが、あるとき、その夫の会社が大阪にオフィスを構えることになり、そちらに移ってはどうかという話が出たんです。基本はリモートワークで、時々大阪のオフィスに出社するというスタイルです。
これなら、憧れていた地方での暮らしが出来るかもしれないと夫婦で考えました。
当時、私たちは30代後半。気力も体力も十分ですが、もっと歳を重ねたら、暮らしを変えることが億劫になり、だんだんと腰が重くなってしまうかもしれない。
移住するなら今だ。そう意見が一致しました。
先ほど、私は無難な道を選ぶ性格だとお話しましたが、一方で、夫は変化を厭わない行動的なタイプ。そんな夫に、私もいつの間にか影響を受けていたようです(笑)。
まず手始めに、都市部へのアクセスが良く、かつ理想の暮らしができそうな和歌山県の農家民泊に宿泊してみました。そこで地元の方々にとてもよくしていただいたこともあり、これなら暮らしていけそうだと、翌年には移住を決行。移住するにあたっては、国際空港へのアクセスが良いことも決め手となりました(笑)。大好きなインドネシアをはじめ、海外への旅は、日本のどこに住んだとしても自分たちにとって変わらないであろう大切なことですね。
—移住して思うこと、また、移住を考えている方へアドバイスをお願いいたします
何気ないスキルが役に立つ
移住した先で、自分にできる仕事があるだろうかと心配な方もいらっしゃると思います。しかし、実際に私が暮らしてみて思うことは、これまで仕事で身につけてきたことが、案外求められるということ。私の場合は、パソコン作業やビジネス文書作成の経験が、野菜の販売やイベント企画に活きています。
自分で価値のあるスキルだと気付いていなくても、意外と役に立ったりするものです。
また、都会では難易度の高い“起業”も、外から来た移住者ならではの視点で新たなニーズに気付いたり、出会いの中から新しいアイデアが生まれたりと、気負うことなく始めやすいと感じています。
移住したい町があれば、ぜひ実際に足を運んで、地元の方々と仲良くなっていってください。私も、移住前にたまたま立ち寄ったカフェの方と意気投合し、いまだに仲良しで一緒に出かけたりしています。
また、インターネットに出ていない求人情報や貸家の情報も、口コミで見つかることが多いんですよ。何度か通ううちに、移住後の暮らしがイメージできてくると思います。

マイフィロソフィ
『居づらい場所を作らない』
少し苦手だと感じる人でも、最初から無理だと決めつけず、理解しようと心がけること。
自分に苦手な人を作ってしまうことで「あの人がいるなら関わりたくない」という場所を作るのがイヤなんでしょうね。これは若い頃から意識していることで、東京でも和歌山でも変わらない信条です。
1日のスケジュール
07:00
起床
朝食、家事など
09:00
管理している梅畑へ
梅の収穫と出荷作業
11:00
委託販売先の店舗へ
商品の納品と打ち合わせ
12:00
昼食
13:30
キャリアコンサルタントの仕事開始
オンラインで相談を受ける
事務作業など
18:30
夕食作り
夕食後、入浴、
テレビや動画鑑賞
語学(主にインドネシア語)の勉強など
23:00
就寝
これは、6月のある日のスケジュールです。夫婦ともに料理が好きなので、我が家では夕食作りが人気の家事で、毎回競争です(笑)。この日は夫が作った唐揚げが食卓に並びました。














































































