江戸末期から続く木版画工房。〝伝統と革新〟の精神を受け継いで
目次
—伝統ある江戸木版画工房の六代目でいらっしゃいます。「高橋工房」について教えてください。
創業160余年の木版画工房
私が代表を務める高橋工房は、安政年間に創業した江戸木版画の工房です。
江戸木版画とは、日本独自の多色摺り木版画の技術で、下絵を描く「絵師(えし)」、絵柄の色ごとの板木を彫る「彫師(ほりし)」、和紙に絵柄を刷り重ねて作品を仕上げる「摺師(すりし)」による分業で行います。美術の教科書で紹介されている「浮世絵」がこの技法によるものです。
高橋はもともと「摺師」の家系でしたが、私の父の代からは「版元」も兼ねました。「版元」は、作品を企画して世に出す出版社のような役割をします。最近、大河ドラマでも話題になりましたね。
職人の家に生まれながらも、本当は画家になりたかったという私の父は、伝統を継ぐという意識に加えて、芸術全般に対する想いを深く持った人でした。
時代が進むにつれて新しい印刷技術が導入され、伝統的な木版画の役割が変わっていく中で、受け継いだ技術を世の中に生かしていくためには、魅力ある作品をプロデュースすること、つまり、版元としての機能も必要だという考えがあったのでしょう。
—跡を継ぐという意識は、いつ頃からお持ちでしたか? また、仕事に必要な知識や技術はどのように学んでこられましたか?
末っ子の私が父に見込まれて
職人の家に生まれましたから、幼い頃から工房に出入りして、父をはじめ職人さんたちの仕事を間近に見て育ちました。私は9人兄弟の末っ子なのですが、今思えば、兄弟の中で家業に一番興味を持っていたのは私かもしれません。絵を観るのも好きでした。
父から見れば、そんな私が自分の感覚に一番近かったのでしょう。物心ついたときから、父との会話は美術に関することばかり。父は早くから私に、絵を見立てる力をつけようと教育を施してきたように思います。
例えば、中学生の頃、歌舞伎を観て帰ってきた私に父はこんなことを聞いてきました。
「ロビーには誰の絵が飾ってあったかい?」
舞台に夢中でその他のことは何も覚えていなかった私はハッとしました。
空間にふさわしい絵の選び方、飾り方。そうしたことを含めてきちんと観てこいと父は言いたかったのです。
明らかに、兄や姉に接する態度とは違っていたので、「いずれは私が父の跡を継ぐのだろう」と漠然と思ってはいました。一方で、私にばかり厳しく当たるものですから、もしかしたら、私は本当の子ではないのかもしれないと思ったこともあります(笑)。
若い頃は、自分が興味を持った道に進んだこともありました。短大の英文科に進み、その後、商社に就職したのです。しかし、そこでの仕事が性に合わず、会社を辞めてこっそりアルバイトをしていたところ、それが家族にバレて工房に入ることになりました。
本格的に工房に入ってからは、父の側について、技術的なことはもちろん、仕事の進め方など実務についても学びました。また、違う視点からの学びも必要だと言う父の意向に従い、週末に名古屋在住のアーティスト兼木版画家の工房に通った時期もあります。

—お父様から、技術だけではなく、さまざまなことを学んでこられたのですね。
受け継いだ〝伝統と革新〟の精神
そうですね。徹底的に叩き込まれたのは、むしろ絵の見立てや、仕事のあり方かもしれません。
よく覚えているのは、私が会話の中で「日本画が一番素晴らしい」と、言ったときのことです。日本画が「好き」と言えばよかったのですが、「素晴らしい」と言ってしまった。
父に、「おまえさん、古今東西の絵を全部観てきたわけでもないのに、決めつけてはいけないよ」と、叱られてしまいました。それからは、洋画やモダンアートも観るようになり、美術のあらゆるジャンルに関して知見を深め、眼を鍛えることに努めました。
父も母も明治の生まれですが、新しいものを積極的に受け入れる柔軟性や、好奇心を持ち合わせていたように思います。伝統を守ることだけに頑なになっていたら、長く続けることは難しかったでしょう。〝伝統と革新〟は、私が先代から受け継いできた中で、大切にしているものの一つです。

—工房を継いで仕事を進める中で、印象的な出来事がおありだったそうですね。
職人目線からプロデューサー目線に
30代の頃だったでしょうか。まだ駆け出しで、自分の企画を持って画廊や出版社を訪ね歩いていたときのことです。うちは販路を持ちませんから、作品を売ってくれるところを開拓する必要があったのです。
運よく、大手の出版社が企画を気に入ってくださり、一緒に仕事を重ねました。評判が良かったため、すっかり自信をつけて別の出版社にも企画を持ち込んだところ、なんとバッサリ断られてしまったんです。
女性が一人でやってきて何を言うんだ?と言う雰囲気も感じましたので、相手方はちょっと意地悪を言ってやろうという気持ちもあったかもしれません。
「良い作品かもしれないけれど、どれも玄人目線の作品で売れそうにないなぁ。うちでは〝売れる作品〟を良い作品と言うんだよ」
担当者のその言葉は衝撃でした。
良い作品を出すことが使命だと思っていた私に、〝売れる作品が良い作品だ〟という発想は少しもなかったのです。そうか!と、膝を打つような感覚もあり、悔しくもあり。
しかし、すぐに「よし、やってやろう!」と、気持ちに火がつきました。それまでの職人目線から、プロデューサー目線へと変わった瞬間です。
考えた末、当時よく売れると評判だった画家の先生に掛け合い、私自身の企画で〝玄人好み〟の作品を描き下ろしていただき、それを版画にして売り出しました。作品は多くの方の注目を集め、あっという間に売り切れました。
自信はつきましたが、〝自分が良いと思う作品〟と〝売れる作品〟については、今でも正解が見えず、常に考え続けているところです。
—現在特に力を入れていらっしゃること、また、これからの展望について教えてください。
技術の継承と才能ある絵師の育成を
今、力を入れている取り組みの一つに〝絵師の育成〟があります。
最近では、「絵を見てください」と訪ねて来たある女性の作品に可能性を感じ、彼女の作品を売り出している最中です。絵の持ち込みはよくありますが、作品の魅力だけではなく、版画にして活きる絵かという部分を意識して見ています。才能ある描き手については、これからも力を入れて育てていきたいですね。
また、現在、伝統木版画の組合で理事長を務めており、文化の継承、そして木版画業界全体を盛り上げていく役目も担っております。ワークショップや講演会などを通して、国内外で広く広報活動をするとともに、政府からの補助金を利用して作品企画を立ち上げ、企画ごとに若手職人とベテランの混成チームを作ることで技術の継承に繋げています。
伝統を守ること、現代に活きる作品を生み出すこと。この両輪で、江戸木版画を次の世代に渡すことが理想です。

マイフィロソフィ
『五感を大切に』
1日のスケジュール
06:00
起床
植木に水やり、道路の掃除
「道のギャラリー」のシャッターを開ける
07:30
朝食
09:00
出勤
12:00
スタッフと共に昼食
18:00
退勤
帰宅後、夕食作り
趣味の時間
23:00
就寝
工房では、通りを歩く人々に楽しんでいただけるよう「道のギャラリー」として、工房の制作物や工房所蔵のコレクションなどを季節に合わせて展示しています。日々の暮らしの中でほんの少しでも皆様の潤いであってくれれば幸いです。














































































