大手設計会社を退職し、個人事務所を設立。目指すは“まちの建築屋さん”
目次
—一級建築士として個人事務所を立ち上げて10年以上になるんですね。建築士になりたいと思ったきっかけを教えてください
子どもの頃から建築や空間デザインに興味
子どもの頃、新聞に入ってくる住宅やマンションの折り込み広告を眺めるのが好きだったんです。母が購読する雑誌のインテリア特集も好きでよく見ていました。小学生のとき、実家を新築する際に初めて自分の部屋を持つことになり、好きな照明器具を選んでもいいと言われて大喜びしたことを憶えています。私は赤い色が入ったデザインのもの、妹は色違いで黄色のデザインを選び、それぞれの部屋に設置してもらいました。選ぶ時間もワクワクしましたし、自分が気に入って選んだものが部屋の彩りになっていることがとてもうれしかったですね。今思えば、それが建築の道を意識する原体験になったように思います。
大学では工学系の学部に進み、環境デザインを専門とする教授に師事し、街の風景や景観を設計するランドスケープデザインを学びました。空間としての美しさはもちろん、利便性や快適性、街との調和といった空間設計の奥深さに惹かれ、大学院へ進学。卒業後は、大型商業施設の設計・デザインを手がける設計会社に入り、そこで約7年間勤務しました。
—会社員時代に、結婚、出産を経験され、かなり多忙な時期があったそうですね
母・会社員・受験生、三足のわらじ時代
会社では設計専門の部署に配属され、仕事中心の多忙な日々を送りました。大型ショッピングセンターの担当だったので地方への出張も多く、終電で帰り、翌朝の始発で空港へ向かうということもありましたね。男性ばかりの部署だったので、仕事場は完全に男社会。ずいぶん気を張っていたと思います。忙しすぎてお金を使うひまがなく、貯金だけは増えていきました(笑)。
20代後半で結婚し、長女を出産した際に育休を取り、その後は時短勤務で復帰しました。しかし当時、部署では前例がなかったため、まわりは扱いに苦慮したと思います。私自身、家庭と仕事のバランスをどのように取るべきか手探り状態でした。長女は喘息の持病があったので、度重なる入院で数週間会社を休む事もあり、その度に会社に平謝りです。ずっと一緒にいてあげられないことで、長女にも申し訳ないという気持ちが常にあり、精神的に苦しい日々でした。
しかし、当時は一級建築士の資格を取るという目標を持っていたため、資格を取るまでは何としても頑張るつもりでした。試験を受けるには実務経験が必須なので、働きながら、会社に内緒で週末に予備校にも通い、資格取得のための勉強を進めていたんです。出産直後にはドーナツクッションを持って予備校に行ったことも(笑)。もう必死でしたね。母親業、会社員、受験生と三足のわらじを履いていたその頃が、最も大変な時期だったと思います。
—会社を辞めて独立しようと思ったきっかけは何ですか?
子どものそばにいてあげたい、でもキャリアも大事
何とか一級建築士の試験に合格してしばらく経った頃、東日本大震災が発生しました。その後、現地で被災したショッピングセンターの復旧を担当することになったのですが、時を同じくして第二子の妊娠がわかりました。考える間もなく、この状況で会社勤務を続けるのはもう無理だと観念し、退職することに。ちょうど、自分らしく長く仕事を続けるにはどうしたらいいだろうと考えを巡らせていた頃でもあります。
子どもが病気の時はそばにいてあげたい、でも、仕事のキャリアもストップさせたくない。主婦業や子育てを経験したことで、暮らしに根ざした住宅の設計にも気持ちが向き始めていました。
退職後は、育児をしながら個人で仕事をする道を探ろうと考えていたのですが、子どもを保育園に預ける際の条件をクリアするには、開業届を出してすぐに仕事を始める必要があり、退職して2ヶ月後には開業届を提出。事務所の名前も急いで考えました。
このような経緯なのですが、ありがたいことに、知り合いからの依頼や、その紹介といったかたちで仕事をいただくようになりました。また、特に力を入れている子育て世代に適した間取りや、古民家の再生を通したまちづくりの活動をメディアに取り上げていただいたことも、その後の仕事が広がるきっかけとなりました。

—このお仕事をしていてよかったと思うこと、やりがいを感じる瞬間を教えてください
子ども時代の記憶に残る家を
個人宅の設計やリフォームの仕事では、工事が完了した直後、安堵とともに「使い勝手や住み心地はどうだろうか?」と、不安な気持ちもあります。引越しが終わり、実際に暮らしが始まってから撮影に伺ったとき、新しい家でお子さんが元気に走り回る姿を見ると「あー、よかった!」と心からホッとします。“子ども時代の記憶に残る家”を作ることができるのは、うれしいことの一つでもあるんです。
また、「こんな希望だけど、言ってもいいのかな…」と、迷いながらお話いただくことがあります。例えば、「キッチンで子どもの帰りを迎えたい」、「料理中でも換気扇の音にじゃまされることなく子どもと会話したい」など、女性建築士なので、家事や子育てを担う生活者目線での相談がしやすいのかもしれません。困りごとを相談していただいたときは、信頼されている証だと感じ、モチベーションがさらに上がりますし、考えて設計した間取りが気に入っていただけたときは大きなやりがいを感じます。
建築士の仕事は、それぞれの新しいスタートに立ち会う仕事でもあると思うんです。幸せな瞬間にそばにいられることが何よりもうれしく、仕事をしてきてよかったと心から思います。

—個人事務所で仕事をしてきて大変だったことや、よかったこと。そして、これからの目標をお聞かせください
信頼できる仲間と共に仕事をする
会社員時代は大きな会社だったので、設計の仕事の中でも、業務が細分化されていました。しかし、今は最初から最後まで全て一人で担当しますので、作業によっては学び直しが必要な部分があり、そこは少し大変でしたね。近くの同業の事務所にアルバイトに行き、仕事の流れを学んだ時期もあります。
また、個人事務所なので一人で決めなければならないことや、対応しなければならないことが多々あります。「これで本当に大丈夫かな」と、迷ったときは、誰かに意見を聞きたくなることも。よく相談するのは、店舗設計の際に仕事を依頼するデザイナーです。彼女は大学時代からの友人でもあり、お互いをよく知っているし、仕事の腕も確か。だから、意見も的確なんです。
建築の仕事は、設計者が図面を描きますが、現場で実際に作り上げてくれるのは工務店さんや職人さんです。一緒に仕事を重ねて良いチームワークができるとうれしいですし、信頼できる仲間と一緒に仕事ができるのは、個人で仕事をしていてよかったと感じるところです。
実は今年、事務所を商店街の一角に移転するんです。新しい事務所で心機一転、長年住んできた街に恩返しができるような仕事ができればと考えています。
目指すのは、“まちの建築屋さん”。 「こんな家に暮らしたい」という希望はもちろん、ちょっとした暮らしの困りごとも、ふらりと相談に立ち寄ってもらえるような、暮らしに寄り添う身近な存在でありたいと思っています。

マイフィロソフィ
『自分の中の“好き” “楽しい”を大切に』
1日のスケジュール
06:15
起床
朝食準備、長女のお弁当作り
ビジネス系の配信番組をチェック
3分ヨガ、植物に水やり、洗濯、掃除など
09:00
仕事開始
事務所で設計業務
14:00
現場で打ち合わせ
16:00
事務所へ戻り事務作業等
17:30
自宅へ戻る
夕飯作り
食事
20:00
自宅で仕事再開
22:30
就寝
仕事以外では、料理をすることと、食べることが大好きです。自分が食べたいものをイメージして作り上げるのが日々の楽しみで、ちょっとした息抜きにもなっています。














































































