印を彫り続けて60年。〝仕事は楽しく〟がモットーです

目次
—家業を継いで2代目でいらっしゃいます
子どもの頃から継ぐつもりで
父がはんこ職人で、私は二人姉妹の長女です。昔は、下町の職人は長子が家業を継ぐものだと皆に言われて育ちますので、当然、私も物心ついた時からそうするものだと思っていました。父は特に何も言わなかったのですが、みんなそうしていましたから。
小学校3〜4年生の時に、自分から「書道を習いたい」と言って習い始めたんです。もちろん、将来を考えてのことです。父は字が上手でしたが、私は上手くなかったので、これではいけないと子ども心に思ったんでしょう。思えば、その頃から職人になるんだという自覚があったんでしょうね。
書道は、今でも日々役立っていますよ。今、筆で書ける人って少ないでしょう? 宛名書きなど、まわりの人からよく頼まれごとをします。

—彫刻の技術はお父様から学んだのですか?
予定より早くひとり立ちすることに
父に習いもしましたが、まったく思ってもみないことに、ある日、突然父が倒れたんです。脳梗塞でした。私はまだ高校を卒業したばかりで、充分に技術を受け継ぐ時間もないまま、予定より早く店を継ぐことになりました。
それからは、父の介護をしながら店を切り盛りする日々です。
印章彫刻の技術は、父が彫ったものを見ながらほぼ独学で学びました。
母と一緒に、仕事と介護の両方をこなす日々は、それから20年近く続くことになります。
当時は今のように介護サービスもあまりなかったので、自宅で看たりもしましたけれど、そういう時は、自宅が仕事場でよかったと思いましたね。
その後、結婚して長女が生まれて。
私はデパートの催事で全国に出張することが多かったものですから、そんな時は、作った食事を冷凍して仕事に出るんです。娘がそれを解凍して、自分で準備して。よくやってくれたと思います。

—男性中心の業界で仕事をされてきました。
言い返す代わりに、仕事で見返す!
今はよく、セクハラだ、パワハラだと耳にしますね。女性は大変ですよ。
職人の世界は男社会ですから、私もいろんな思いをしてきました。
中には、心無いことを言ってくる人がいるんです。でも、言い返したりはしませんでした。言い返す代わりに、仕事で頑張ろうと決めていたんです。
時々、セクハラやパワハラを受けて大変だという話を聞くと、「そんな相手からは逃げちゃいなさい!」と思うんです。相手にするだけ時間の無駄です。
一方で、きちんと評価してくれたり、アドバイスをくれる男性もたくさんいました。そういう方は、たいてい仕事も立派にできる方ですね。
—ユニークな「小枝印鑑」が評判です。アイデアはどこから?
お客さんとの会話からアイデアが生まれて
自然木に印を彫る「小枝印鑑」は、お客さんとの会話がヒントになって生まれました。あるお客さんが、「昔はお茶の木に彫った」という話をしてくれまして、そこから、自然木に彫ることを思いついたんです。
すぐに、夫が山に行ってドウダンツツジの枝をたくさん切ってきてくれました。自然の枝ですから、断面の形がそれぞれ違うでしょう? そこが面白いんです。
お客さんのリクエストに答えて、いろんなデザインを彫ります。パンダにマンドリン、似顔絵や、お蕎麦を彫ってくれという依頼もありました。
出来上がったものを見たら、皆さん笑顔になりますよ。それがとってもうれしいんです。
小枝印鑑の楽しさが伝わって、テレビや新聞の取材もたくさん受けましたし、本も出しました。自分のアイデアで皆さんに楽しんでいただけるなんて、こんなにうれしいことはありません。だから、仕事が大好きなんです。
今では、お店で体験教室もしていて、修学旅行生や海外からのお客さんもたくさん来られます。
海外の方とは、スマートフォンの翻訳アプリを使って会話をしますよ。オリジナルのデザインで彫る世界で一つだけのハンコですし、海外の方にとっては珍しいでしょう? 皆さんにとても喜んでいただけます。スマホが使えるようになって、本当によかったと思います。まさか、外国の方とこんなふうに交流しながら、ハンコの文化を伝える日が来るとは昔は思いもしませんでしたから。

—〝女性と仕事〟について、思うことは?
興味を持ったら何でも挑戦を
私は職人として仕事をしてきましたが、地域のつながりや異業種交流など、積極的に外部の方と関わってきました。仕事をしていると世の中のことが分かりますし、いろんな方と交流することで発想が豊かになり、それが仕事にも、日々の暮らしにも活きてきます。
女性の場合、家庭の事情で働きに出られないことがあるかもしれませんが、心配することはありません。ずっと専業主婦だった方で、70歳を過ぎて初めて働きに出て、楽しくやっている方も知っています。女性は柔軟で、いろんなことに適応できます。それだけ可能性をたくさん持っているということですから、興味を持ったら何でも挑戦してみるといいですね。
また、好奇心を持って学び続けると新たな発見があってワクワクするものです。 仕事を長く続けていても飽きることはありません。私は、時々美術館を訪れていろんな作品を観るのですが、昔の人が彫った印鑑は素晴らしいですよ。刺激を受けて、自分の仕事にも新たな気持ちで向き合うことができます。
大好きな仕事ですから、これからもワクワクしながらずっと続けていきたいと思っています。
マイフィロソフィ
・楽しく仕事をする。
1日のスケジュール
07:00
起床
朝食など
08:30
お店を開ける
仕事
12:00
昼食
体験教室の対応
川柳の仕事など
17:00
お店を閉める
食事
テレビ鑑賞
「大好きなアイドル」のファン活動など
23:00
就寝
お店の仕事のほか、川柳の会の会長職、大好きなアイドルの応援にも忙しい毎日です。仕事も趣味も、やりたいことが盛りだくさん。おかげで毎日にハリが出て元気いっぱいです。