伝統の製鉄法で作られた 刃物の魅力を多くの人に

目次
—世界で唯一の女性「村下(むらげ)」として、ご主人と共に刀鍛冶の工房を運営されています。どのようなお仕事ですか?
伝統的な製鉄法で刃物の原料を作る
工房では、古来から伝わる「たたら製鉄」と言う製鉄法で、刃物の原料となる「玉鋼(たまはがね)」を作っています。その玉鋼を作る職人のことを「村下(むらげ)」といい、刀工は村下が作った玉鋼で刀を作ります。
現在、私たちの工房では、夫が刀工、私が村下を務め、伝統的な日本刀とほぼ同じ工程で作る日本刀包丁やナイフを作っています。
結婚する前、岡山にいた頃は自動車を解体してパーツ分けする仕事に就いていました。昔から、男性が作業着を着てする仕事や、職人仕事に興味を持つことが多かったんです。
神社仏閣やきものなど日本の文化にも興味があり、その延長で地元の刀鍛冶の工房を見学にいった際、そこで見習いをしていた夫と知り合いました。
夫が独立するタイミングで結婚することになり、夫の地元である東京で新しい工房を構えるためにこちらに引っ越してきました。
—「村下」になろうと思ったきっかけは?
負けず嫌いな性格に火がついて
実は、はじめから村下になりたいと考えていたわけではなく、当初、すべての工程を一人で担っていた夫のサポートができればと思い、手伝ったことがきっかけです。
玉鋼を作る際、円筒状の「炉(ろ)」を使うのですが、その炉を解体する作業が一人だと大変だし危険なので、はじめはその手伝いをしていました。
そのうち、見よう見まねで玉鋼作りに挑戦してみたら、なんと大失敗!
実は、夫の作業を見ていて「自分にもできそうだ」と軽く考えていたんです。
「なぜ失敗したんだろう⁈」という気持ちとともに、もともとの負けず嫌いな性格に火がついてしまい、それから夫に教わりながら試行錯誤を繰り返しました。
うまくできなくて泣いたこともありますが、日々模索しながら作業するのがとにかく楽しく、職人として独り立ちするまでの3年間はかなりハイペースで密度の濃い時間を過ごしました。

—職人になって6年目です。この仕事の魅力、やりがいを感じる時は?
奥深い「製鉄」の魅力にどハマり
私は負けず嫌いな反面、熱しやすく冷めやすい面があり、以前は始めたことが長続きしなかったこともありました。そんな私が、今も夢中でこの仕事を続けているのは、壁にぶつかった時に励ましてくれる夫の存在と、奥深い「製鉄」の魅力にあると思います。
砂鉄を選り分けるところから始まり、炉に火を入れて炭と砂鉄を熱し、純度の高い鉄の塊を作るのですが、砂鉄や炭、炎といった自然のものを相手にしているので、毎回同じコンディションでできることはありません。その時々で炎の色や音を頼りに、自分の感覚をフルに使って作業します。炉から出ているヒントを見逃さないことが大切で、かなりの集中力が必要です。
楽しくも難しい作業なのですが、夫に「いい鋼だよ!」と言ってもらえた時はとてもうれしく、そんな時は「村最高!」と、やりがいを感じます。
また、製鉄をめぐる歴史にも大きな魅力を感じています。
特に「たたら製鉄」という手法は歴史が古く、その発祥についてはいくつも説があるなど、いまだに謎が多くミステリアスなんです。そもそも製鉄の歴史を紐解くと、弥生時代にまで遡るほどですし、古くから人々の信仰と共に生きてきた面もある。知れば知るほど奥深く、飽きるヒマがありません(笑)。
昔から歴史は好きな方ですが、最近は特に縄文時代のことを調べるのが趣味で、休みの日には子どもたちを連れて博物館を巡ったり、神社巡りをすることもあります。

—職人としての仕事のほか、工房を運営する経営者でもあります
SNSを駆使して世界へ発信
そうですね。うちは夫と二人の小さな工房ですし、協会などの団体にも属していないため、自分たちで販路を開拓する必要があります。そのため、ホームページやSNSを通して伝統的な製鉄について紹介したり、商品の受注もおこなっています。
自分でデザインもし、写真も撮りますが、すべて独学です。もともと絵を描くのが好きだったので、刃物が美しく見える角度を探ったり、かっこよく見えるデザインを考えるのも楽しいですね。
今では、興味を持ってくださる方のほとんどがSNS経由です。海外からの問い合わせも多く、現在、売上の8割ほどは海外からです。日本の伝統に興味を持っていただけることをとてもうれしく思っています。

—世界で唯一の女性村下と注目されることに、思うことは?
男女限らず、多くの方に興味を持ってほしい
私自身は、特に女性だからという面はあまり意識したことはなく、興味を持って取り組んだらいつしか職人になり、気がついたら村下としては世界でただ一人の女性だった、という感じなのですが、おかげでこうして取材を受ける機会も度々いただいています。少しでも多くの方に伝統的な製鉄について知っていただけるのはとてもうれしいですね。
また、一部地域では、製鉄作業に女性はタブーだと言われることもある中で、受け入れていただき、認めていただけているのもありがたいことです。個人的には、これからさらに技術を磨いていきたいですし、日本古来の製鉄法や鍛刀技術について、もっと多くの方に興味を持っていただきたいと思っています。
この業界もまた、多くの伝統工芸の世界と同じで、職人の数が少なくなっています。男女問わず、たくさんの方に興味を持っていただき、どんどん参入して欲しいですね。

マイフィロソフィ
・次に使用する職人にとって扱いやすい鐡を作ること。
1日のスケジュール
07:00
起床
子どもたちの身支度、朝食
07:30
子供たちをバス停へ
夫婦で朝食をとった後、工房へ出発
09:00
工房に到着
炉に火を入れる(この後約12時間炉の側に)
夕方、夫が子どもたちを迎えに行き、
自宅でお風呂に入れる
20:00
夫と子どもたちが工房へ
工房で一緒に夕飯
片付け作業
21:00
工房を出て帰宅
子どもたちが就寝後
メールチェック等事務作業
01:00
就寝
製鉄の作業は主に冬期に行います。炉に火を入れると12時間は側を離れられないので、作業の日は主に夫が子どもたちのお世話を担当してくれます。冬以外の時期は、事務作業や研究、また、趣味であり仕事にもつながる博物館巡りなどもします。