調香技術を極めたくて渡仏。努力が認められたときはうれしいですね

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—大学は農学部を卒業されています。理系がお得意だったのですか?
専門の知識を身につけるため理系に転向
実は私、高校時代は文系だったんですよ。ところが、当時の先生から「これからは〝職業婦人〟の時代が来る。専門の知識を身につけた方がいい」とアドバイスがあり、理系に転向したのです。仕事をする女性のことを〝職業婦人〟と言いました。私が高校時代を過ごした1960年代はそういう時代だったんです。
もともと、ファッションや化粧品、おしゃれが好きで、その延長でフレグランスにも興味があったものですから、大学では香料の研究をしました。大学時代は、おしゃれをして、ばっちりメイクを決めて白衣を羽織っていましたよ。モテたくて(笑)。モテなきゃつまらないでしょう? それに、ファッションやメイクは、その人の心持ちや姿勢が表れるものですから。
—企業の研究室に就職後、渡仏されました。その経緯は?
どうしても、香りの本場・フランスで学びたくて
大学で取り組んでいた香料の研究がきっかけで、(株)ツムラから声がかかり、入社して研究室に配属されました。会社では、入浴剤の調香や、コスメの仕事をしましたね。ところが、仕事をするうちに、どうしても香りの本場・フランスで勉強したいという気持ちが強くなってきて。当時は70年代。モードやファッションの世界に勢いがありました。フレグランスというのは、モードと密接に関わっています。フランスには香りの文化が根付いていますし、一流の調香師や研究者がそろっていました。
私が「フランスに行きたい」と言うと、同僚たちはポカンとしていましたね。何を言っているんだ、と。今と違って気軽に海外に行くような時代ではありませんでしたから。それでも、口に出していると、本当にそうなりますね。〝言霊〟って言いますでしょう? いろんな人に自分の考えを言っているうちに道ができて、フランスの香料会社へ行くことができたのです。
—フランスでは、著名な調香師に弟子入りされました。
〝ダメもと〟の精神で、調香師界のレジェンドに直接電話
渡仏したのは25歳の頃。フランスでは当時、調香師といえばほとんどが世襲制です。家業を継ぐわけですから男性が多く、女性の調香師は珍しかったですね。そんな中、当時一流と言われた調香師に弟子入りを志願しました。研究所の同僚にその方の名前を出すと、「無理無理、彼は簡単に人に会う人じゃないよ」と言われました。フランス人の同僚たちにとっても、雲の上の人でしたから。
私はそんな方に、なんと直接電話をかけました。拙いフランス語で。今みたいにメールなんてありませんから。〝ダメもと〟という言葉があるように、ダメでもともとなんだから、やってみようかと。
そうしたら、ある日、彼の秘書から連絡があり「会っても良い」と。フランス人の同僚たちもびっくり仰天です。後に、なぜ私に会う気になったのか尋ねてみたら、日本人の、しかも女性が、フランス語で連絡してきたというので興味を持ったみたいですね。

—フランスの香料会社に勤務後、化粧品会社からのオファーで帰国。その後、独立されました。やりがいを感じるのはどんなときですか?
日々の努力が実り、自分の技術が認められたとき
独立して自分のアトリエを持ったのは30歳の時でした。今思うと、独立以外にもベストな道はあったかもしれません。でも、当時は純粋に自分の仕事に集中できる環境が欲しかった。
とはいえ、自分がやりたいことを続けるために、今度は経営のセンスも必要です。商売のための研究もし、アイデアもたくさん出してきました。何事も自分の采配で進められる面はいいですね。日々の努力が認められて、仕事を獲得した時はやりがいを感じます。
最近でいうと、ちょっと変わった香りの展覧会も手がけました。2016年から各地の商業施設で開催された『におい展』です。うっとりするようなお花のいい香りから、カメムシや人間の加齢臭まで(笑)、あらゆる匂いを展示したのですが、企画調香をしたのは私です。この展覧会は、総動員数27万人を超えて大人気となりました。昔の私から考えたら想像もできなかった仕事ですが、自分の技術で人が楽しんでくれるって、やりがいがありますよ。
一方で、香りが持つ未踏の部分をいかに広めていくか。香りの魅力や可能性をたくさんの方に知っていただくにはどうしたらいいか。そのことはいつも考えています。数々のアイデアや企画はありまして、近々実行したいと考案中です。

—田代さんの仕事との向き合い方は、クリエイティブに関わる女性たちにも参考になりそうです。進路や起業に迷っている方にアドバイスを
どんな仕事にも経営戦略は必要
クリエイティブな仕事をしたいと考えている方で、「それでは食べていけないから」と、あきらめる方っていますよね。絵のお仕事でも、音楽の世界でも。そんな話を聞くと、「ビジネス展開をちゃんと考えているの?」と尋ねたいですね。要は、どんな仕事にも経営戦略が必要ということです。
自分の技術や才能で、商売になる仕事をまずは考えなくてはと思います。最初はサイドビジネスでもいいと思いますよ。自分が本当にやりたいことと、両輪でやればいいんです。私はそう思いますよ。


マイフィロソフィ
・健康に感謝、神仏に感謝
1日のスケジュール
06:00
起床〜朝食
窓を開けて朝の空気を入れます
08:30
アトリエに出勤
進行中の仕事や研究をします
10:00
お店に出る
お客様の話をよく聞いて、好みの香りを探ります
お店は研究のためのマーケティングの場でもあります
17:00
お店を閉める
23:00
就寝
調香師はアスリートだと思っているので、生活のリズムを大切にしています。健康でいられるからこそ、仕事が続けられます。休みの日はできるだけ社寺を訪れて、神仏に感謝を。そこで仕事のインスピレーションを受けることも多いですね。